「日本語文法の謎を解く」を読んで
2006/09/21(木)
「日本語文法の謎を解く」:金谷武洋・ちくま新書 を読みおえた。2003年1月に第1刷発行とある。すばらしい洞察、実践によって得られた日本語文法だとおもう。欧州語文法の文構造になぞらえた説明では、日本語や韓国語を説明しきれないし、まったく違う原理で欧州語は使われているということがよくわかった。同著者の既刊書「日本語に主語はいらない」から、さらに発展した内容になっているようだ。
「象は鼻が長い」文、「僕はうなぎだ」文、「コンニャクは(食べても)太らない」文は、くしくも日本語の基本文型のすべてを含む。(長い:形容詞文。うなぎだ:名詞文。太る・太らない:動詞文。主語はいらないのでそれぞれ立派な基本文)
○日本語は、どういう状態で「ある」のかに主眼をおく言語。(主眼をおいた言語:という表現のほうが好まれるか)
○欧州語は、(現在では)行為を「する」ことに主眼をおく言語。(行為者、被行為者を明示したがる)
○日本語の自動詞/他動詞は、〜をという格補語のなし/ありでは区別できない。:角を曲がる/スプーンを曲げる、
会社を変わる/会社(の社風)を変える などの用法があり、「〜を補語」のなし/あるで自動詞/他動詞を決めるわけにはいかない。(それなのに、学校教育の現場や国語学者には矛盾として目に入らないらしい)
○この本に触発されて、日本語文法をスタックマシン言語に類推できるかもしれないと考えた。
○つまり、RPN(逆ポーランド記法)のように必要な数値をいくつか先に明示し、演算処理を次に記述するという方式。
○コンピュータ言語のFORTHも日本語構造によくあう。日本語記述ができるMIND言語もある。
○人間の脳をスタックメモリーと考えて、言語活動をしているわけだ。共通の認識になってお互いの頭脳に入っている事柄は、いちいち言わないのが日本語流なのだろう。
○対面して会話するのであれば、お互いの頭脳メモリーの共有化がどんどん進むから話がはずむ。
○文章では、読む相手の頭脳に効率よく情報を送りこむことと、簡明な表現を心がける必要がある。
○何重にも入子状態になった複文節で修飾する文章では、相手の頭脳メモリーに整理して記憶させることができない。
○「象は」、「僕は」、「コンニャクは」の「〜は」は、主語ではない。「はなしの主題として、しばらく忘れないで頭脳メモリーに憶えてほしい」という格?助詞なのですね。
一方、小学、中学の国文法の説明については、もう少し読んでから考えたい。動詞の活用とか、助詞の使い方について復習しないと考えがまとまらない。ただ、上記の著者は明確に指摘する。動詞活用の仕組をしらべるには「ひらがな分析」ではだめ、語幹をきちんと把握するうえで、音素・子音の組み合せを「ローマ字つづり」で調査しなければならないと。
現状の国語研究・文法研究が、それほど基礎的な技術手法のところで破綻しているのだろうか。
2003年が文法学者・三上章の生誕100年目にあたり、先人の業績を顕彰し発展させる金谷の書が世に出たのですね。
