わたしの哲学練習帖4
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2012/03/15(木)
 今週、掲示・配布された団地管理組合の広報紙面に追悼記事があった。 「わたしの哲学練習帖3」:2010/06/16(水)に登場された修繕委員の長老氏が2011/12に亡くなられたとのこと。 そんなはずはないと思い、手帳を調べてみる。
同氏と最後に言葉を交したのが、2011/08/29に駅近くのスーパー店前で偶然出会って立話をしたときだった。 この後、団地内でお見かけしたのが1カ月あとのことだったのか。 わたしは大規模修繕が完了して修繕委員を卒業させられたが、彼は縮小した委員会に残っていました。 1年間の疎遠のあとの立話だっただけに、つい最近のことと感じていたが。

 さて、本題です。 修繕委員の同氏と直接二人だけで話したのは、「不在着信」と「スーパー店前の立話」の2回だけです。
その2回とも「本質的には同じこと」を聞きました。
氏:「あなたは、調べて発言するからなぁ。 自由参加ででも委員会へ出てくれないか?」
私:「委員長が認めないでしょう」
氏:「・・・彼は、委員長を続けたいのかな?」というような調子であった。
追悼記事を読んだ後、立話の「同じこと:長老氏がわたしに対して感じたこと」が重要な意味を持っているのだと気がついた。
○修繕委員会で私が果した活動・発言が「どんな原理から派生したのか」を長々と哲学したが、「基本は、調べて発言すること」ですね。
 具体記述は日付をあらためてまとめます。

2012/03/01(木)
 ブログwebnoteに記述したは、下記の哲学練習のうち「万有資源について」の考え方を簡略解釈したものです。